― 春夏秋冬(2) ― 


「・・・迎えに・・・?」
そう言われても、意味がよく分からない。
きょとんとしている三人を前に、少女は小さく首をかしげた。
「あの・・・、迎えにって、どこに行くの?」
「んー・・・、おそらのうえ。ふゆといっしょにいくの」
「・・・天国って事かよ・・・」
空を仰いで、慎太郎が呟いた。
今、芙由は危険な状態で、集中治療室の中だ。
その芙由を死んだはずの妹が迎えに来たという事か。
「なっちゃん、芙由、まだ逝けないんだよ」
美穂も理解したらしく、泣きそうになりながら少女に語りかける。
少女の両肩に手を添えて、言い聞かせるように。
「・・・やだ、ふゆといくの」
少女は首を振る。
「駄目。芙由は連れてっちゃ駄目だよ」
美穂の口調は、少し強くなった。
肩に置いた手にも、力がこもる。
「やだやだやだー、ふゆいっしょにいくんだもん」
美穂の態度が逆効果だったのか、少女は泣き始めた。
「なっちゃん・・・、あのね」
まだ何か言おうとした美穂を制したのは亮一。
代わりに口を開いた。
「どうして芙由を連れて行きたいんだ?」
「・・・だって・・・、ふゆ、ずるいもん・・・。みほちゃんもりょういちくんも、このおにいちゃんも、
 パパもママも、ふゆはずっといっしょだもん・・・。あたし、ひとりだもん・・・。
 まいつきいっかいはあいにきてくれるのに、ことしはパパもママも
 ほとんどあいにきてくれなかったよ・・・。ふゆは、いっかいもきてくれなかった・・・」
少女は泣きながら、そう話を始める。
言葉を詰まらせながら話す少女の姿は、痛ましかった。
「ふゆばっかり、いっぱいあそんでもらってるし・・・みんな、あたしのことわすれちゃうし・・・。だから、ふゆのこと、まもってあげるのやめたの。ふゆしんじゃったら、あたし、ひとりじゃなくなるもん・・・」
少女は目から溢れた涙を、手のひらで一生懸命こする。
美穂は見ていられなくなって、自分のハンカチを少女に渡してやった。
「・・・芙由は受験生なんだ。今年は勉強と部活の両立で忙しくて、
 おばさんたちも、芙由のことで精一杯だったんだよ。
 お前のこと、忘れてたわけじゃないんだよ。な?」
慎太郎は少女の頭を撫でてやる。
「ごめんね、なっちゃんのこと、忘れてて・・・。
 これから毎月、なっちゃんのお墓参り、行くから。芙由と一緒に」
美穂も少女につられたのか、泣いている。
芙由が事故にあったのは、自分が奈津のことを忘れていたのも原因なんだと思うと、申し訳なかった。
そして、昔遊んだ大事な友達の事を忘れていたのも、情けなかった。
「俺達も一緒に行くから。だから、芙由を連れていかないでほしいんだ」
亮一が言うと、慎太郎もうなずいた。
二人とも、芙由のためだけにそう言った訳ではなかった。
この孤独な少女を救ってやりたいと思った。
「・・・ホントに?ホントに、あたしのこと、おぼえててくれるの?あいにきてくれるの?」
少女は、すがるような目で三人を見た。
「約束する」
代表して、亮一が答えた。
「・・・うん・・・。じゃあ、あたし、ひとりでかえる・・・」
少女は笑って見せた。
やっぱり一人は淋しいのか、何だか痛々しい笑みだった。
ふいに、少女が顔を空に向けた。
「・・・あ・・・、ふゆ・・・」
少女の目線の先を追うと、淡く光る何かが、すぅっと、空に上っていくのが見えた。
「みほちゃん、りょういちくん、おにいちゃん、ふゆをよんで。
 でないと、ふゆ、ひとりでいっちゃう」
少女は三人を見据え、早口でまくし立てた。
しかし、美穂達は何のことを言っているのか、よく分からなかった。
「ちょっと待って、なっちゃん、今の、なに?」
「いまの、ふゆなの。かえっておいでっていわなきゃ、ふゆ、とおくにいっちゃう。
 もうかえってこなくなっちゃうよ。ねえ、はやく」
少女が美穂を揺する。
少女の表情から本気だとは判断できたが、それが何の意味があるのか。
早く早くとせかされても、美穂はどうしていいか分からなかった。
「芙由―!」
静寂の中、最初に叫んだのは、亮一だった。
「戻って来いよ―!芙由―!」
続いて、慎太郎も声を張り上げた。
二人は空に向かって、大声で名前を呼んでいる。
さっきの光はもう見えない。
空にはただ、無数の星が輝いているだけだ。
「みほちゃん、はやく。ふゆ、しんじゃうよ」
手をひっぱって、少女がせかす。
「・・・芙由っ!」
死んじゃう、とまで言われては、美穂も黙って突っ立っているわけには行かない。
「芙由―!まだ死ぬなよー!」
「芙由っ!!」
「お願い、帰って来て!芙由―!」
出来る限り大きな声で、三人は大事な友の名前を呼び続けた。
澄み切った空気の中で、その声は良く響いた。
その後ろで、少女は三人の姿を切なそうな目で見つめていた。
「ふゆ・・・こんなにまっててくれるおともだちがいるんだね・・・。
 ・・・もどっておいでね・・・、ふゆ・・・」
三人は、少女がそう呟いたのには気付かなかった。
自分達の声で、聞こえなかったのだ。
そして。
必死で友を呼ぶ三人の背後で、さっきよりももっと淡い淡い光が、空に向かって上っていく。
名残惜しそうに、ゆっくりゆっくりと。
そこにはもう人影はなく、ただハンカチが一枚、風でふわりと舞っていた。

翌日の朝、芙由の意識が戻ったという朗報を持って、美穂は学校にやって来たのだった。

教室の隅に置いてあるストーブの周りで、たくさんのクラスメイトが暖を取っている。
その反対側の隅で、三人はお弁当を食べながら話をしていた。
昨夜、なぜ少女が芙由を呼べと言ったのか、美穂も慎太郎も良く分かっていなかった。
なぜ、亮一がいち早く行動したのか。
「ああ。魂呼ばいってやつだよ」
亮一はあっさりそういってのけた。
「たまよばい?」
「何なの?それ」
まだ良く分かっていない二人のために、亮一は説明してやった。
「だから、死者を呼び戻すための儀式だよ。本当は屋根に上ったり、枕元でするんだけど。
 大きな声で名前を呼んで、魂を肉体に呼び戻してやるんだ」
「へぇ。じゃああれって、魂だったんだな」
慎太郎は、空に上っていった淡い光のことを思い出した。
「・・・なっちゃん、最後はちゃんと助けてくれたんだね、芙由のこと」
そう言いながら、美穂はポケットからハンカチを取り出し、しみじみと眺めた。
昨日、少女に渡したハンカチは、消えることなくその場に残ったのだった。
「そうだな。ちゃんと墓参り、行ってやらなきゃな」
慎太郎が同意し、亮一もうなずいた。
「今日、芙由のお見舞いに行った後、場所聞いて行こうか」

「あのね、夢をね、見たの」
集中治療室を出て、一般病棟に移っていた芙由は、怪我のわりには元気そうだった。
三人が見舞いに来てくれた事を喜び、話し始めた。
「亡くなった奈津が出てきてね、『ふゆ、みんなが呼んでるから、行っちゃ駄目だよ』って、
 言うんだよね。それで、みんなって誰だろって思ってたら、亮一の声が聞こえてきて。
 それから、慎太郎の声と、美穂の声が聞こえて。ああ、呼ばれてるって思ったら、
 いきなりすごいチカラで引っ張られて。後は覚えてないんだけどね」
その話を聞いて、三人は顔を見合わせて、笑い出した。
「あ、ちょっと、嘘だと思ってるでしょ」
三人の反応を見て、芙由は少し怒ったように、ホントだからね、と念を押した。


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試験期間中に書いてました(笑)「魂呼ばひ」の論文を調べることがあったので。
ストーリーはこのままで、ちょっとずつ手直ししていくと思います。
あんまりいい文章じゃないと思うので。